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「自分」を選んでもらう努力を惜しまない。
そんな環境が私を成長させてくれました。

TATSUYA HISHIKI 菱木 竜也
2002年入社/セールス
01

私たちの強みは
エンジニアリング力である。

そのコンペに菱木竜也は懸けていた。
それは、とある大手企業のシステム群全体を更改する大規模案件だった。オールクラウド化に伴い、サーバー、ストレージ、ネットワークの統合、そして運用までを引き受ける。案件の規模は数億円。最終コンペには2社が選ばれ、日本情報通信と競合A社の一騎打ちとなった。
しかし、最終的にそのコンペに勝ったのは競合A社。完敗だった。菱木は負けた悔しさをこう語る。
「これまでにも苦労した案件は数多くありましたが、夢にまで見たのは初めてでした。」
絶対、A社よりもいい提案が出せた。菱木は自負していた。通常、こうした大規模案件のコンペは数ヶ月の準備期間を必要とする。契約の成否は、プレゼンテーション力にも増して提出する「提案書」が如何にお客様の現状と将来にFitしているかにかかっている。菱木を中心に対策チームが設立された。「プロポーザルリーダー」と呼ばれる各ソリューション部門のリーダーが集まり提案の骨子を作る。日本情報通信では、この提案書の作成にエンジニア部門のリーダーも参加する。
日本情報通信の強みの一つは、「NTT」と「IBM」という2つの会社を親会社に持つことだ。ネットワークの品質や、サーバー技術には自信がある。けれども、それよりも重要なものがあると菱木は言う。
「日本情報通信の売りはエンジニアリング力なんです。実績だけでなく、会社の成り立ちである幅広いソリューションを組み合わせることで他には真似できない提案ができるんです。」

02

信念を貫いて
結果を待つ。

コンペの結果はある日、突然、メールで届いた。
「残念ながら今回は不採用とさせていただきます。」
最悪の結果だった。とっさに菱木は担当者に電話をかけていた。
「どうしても諦めきれなかったんです。会社をあげて2ヶ月、3ヶ月と提案準備をしてきました。本当に我々の提案を理解していただいているのか。相手方の提案のどこが優れているのか。納得できませんでした。」
しかし、当たり前だが結果は覆らなかった。けれども、再び、チャンスを呼び込むことになる。コンペから1年後。同じ会社から「再提案」の依頼が舞い込んだのだ。システム構築後の運用をめぐり会社の上層部から「待った」がかかったらしい。
「A社のシステムの運用に不満があったようでした。”提案”は、提案依頼書にある要望だけではなく、現場(ユーザー部門)の利用シーンや、実際のシステム運用まで考慮する必要があります。そのため私たちの提案は、ここまでやらないと現場(ユーザー部門)の人が困りますという現実的な提案を盛り込んでいました。」
菱木は当初のメンバーを呼び寄せ、1年前の提案にさらに磨きをかけた提案書を一週間で作り上げた。もう負ける要素はない。数週間後、嬉しい一報が飛び込んだ。
「御社の提案を採用する方向で、これから詳細を詰めたいと思います。」
菱木はひと目もはばからず「やった!」と声をあげていた。提案書の作成に携わった仲間はもちろん、上司や同僚からも労いの言葉をもらった。その瞬間、この仕事についた喜びを噛みしめていた。
「実際に契約書を交わした時よりも、嬉しい瞬間でした。お客様が日本情報通信をパートナーとして選んでくれた。自分を選んでくれた瞬間だったからです。」

03

会社とお客様の成長
同時に考える。

菱木が率いる営業部の部員は10人。平均年齢は32歳。営業部内では一番若いチームだ。菱木は部下にお客様とお話する時は「なぜですか?」と尋ねることを意識せよと繰り返し伝えている。
「提案内容に興味がないと言われていた時でも、なぜ、興味がないのかが分からないと、我々はその答えに対して何もできない。この提案内容が不採用だったという単なる情報では次に生きなくて、なぜ、不採用なのか。その理由が知りたいのです。それは提案内容を採用していただいた時も同じ。なぜ採用していただけたかその理由が重要なんです。」
結局、営業は「人」だと菱木は言い切る。目先の数字を追いかけるのではなく、そのお客様と自社の成長を同時に考えられる人材に育ってほしい。先輩から受け継いだ「徹底した現場主義」は、これからの会社を背負っていく若い社員に着実に継承されている。