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World Summit AI Amsterdam 2025に参加してきました

投稿者:岡崎剛士

生産技術革新タスクフォース長であり、技術アドバイザリーボードとしても活動している岡崎です。
先日、オランダ・アムステルダムで開催された「World Summit AI Amsterdam 2025」に参加してきました。今回は、その中で得られた興味深い情報を皆さんと共有したいと思います。

アムステルダムの空気を感じて

会場となったアムステルダムは、金融街からミュージアム広場(美しいオランダの遺産が残る場所)まで、多様な魅力を持つ美しい都市です。オランダの首都アムステルダムは、歴史と現代文化が自然に共存する都市です。なんと170を超える国籍の人々が暮らしており、非常に多様性に富んでいます。

街の中心を囲む17世紀に整備された「運河ベルト」はユネスコ世界遺産にも登録されており、水上クルーズから眺める景色は特に印象的です。

アムステルダムでは、自転車が生活の中心にあり、専用レーンや信号が整備されています。市民も観光客も移動手段として日常的に利用しています。また、国立美術館やゴッホ美術館など、世界的な芸術に触れられる場所が多いのも特徴です。さらに、LGBTQ+への理解が深く、自由な価値観が街全体に根付いていることも感じられます。

人口約90万人と首都にしては小規模で、コンパクトで歩きやすいため、徒歩や自転車で効率よく巡れるのも魅力です。中心地を少し離れると、静かな住宅街や緑地が広がっています。

ある登壇者は、ナイジェリアで育った頃、オランダの治水技術が革新的だったことを振り返り、この地への思いを語っていました。また、この地で人工知能を学び始めたという方もおり、AIの歴史的な流れを感じさせる場所でもあります。

イベントのキーメッセージ:企業が取るべき行動とは

今回のサミット全体を通して、日本の企業が今、特に注目し、行動に移すべき「AI時代の戦略的指針」として、以下の3つのキーメッセージを抽出しました。

1. AIの成功は「マインドセットと文化」が鍵

AI技術そのものの進化は目覚ましいですが、企業内で真の価値を生み出すためには、技術よりも人間の関わり方、すなわち「マインドセットと文化」が重要である、という点が強く強調されました。

AIは、私たち個人の能力を拡張し、バリアを取り除くツールとして捉えるべきです。ある登壇者は、ディスレクシアを持つ自身のキャリアが、生成AIによって可能なことが増えたと述べ、AIを「バリアを取り除くもの」と表現しています。

成功している企業は、まず「ビジネスの目的」(コスト削減、時間の節約、新たな機会の発見)からスタートし、その目標達成のためにAIを活用するというアプローチを取っています。また、イノベーションには実験と失敗を恐れない文化が不可欠であり、AIプロジェクトが成功するかどうかは、この文化が基盤となります。

2. データ主権、信頼性、責任あるAIが競争優位性に

AIの急速な普及に伴い、データ保護とセキュリティ、そしてシステムに対する信頼の構築が、単なるコストではなく競争優位性になるとの認識が広まっています。

特に、AIセキュリティは本質的にデータセキュリティの問題である、という点は、多くのセキュリティ専門家から指摘されています。クラウドAIツールを利用する際、私たちはインテリジェンスを「借りて」おり、機密データを外部に渡すことで、競争上の優位性を失うリスクがあります。このため、企業はデータを誰かに依存して「レンタル」するのではなく、「所有する」という意識を持つ必要があります。

欧州では、EU AI Actのような規制が、AIシステムに対する信頼性、選択肢、およびデータの所在地に関するコミットメントとよく連携している と見なされており、AIの長期的な成功のためには、信頼が不可欠な要素として位置づけられています。

3. エージェントAIはプロトタイプを超え価値実現の時代へ

生成AIの次の進化の波として、エージェントAI(Agentic AI)の登場が最も注目されています。エージェントAIは、ユーザーを支援するだけでなく、適切な文脈、自律性、そしてアカウンタビリティ(説明責任)を持ってユーザーに代わって「行動する」というパラダイムシフトをもたらします。

エージェントの真の価値は、単体で動作するのではなく、既存のビジネスプロセスに深く統合され、企業独自のデータに接続されることで、スケーラブルなインパクトを生み出す点にあります。

SAPなどの大手企業は、エージェントを責任を持ってスケールさせるための制御メカニズムを定義し始めています。例えば、エージェントを組織に導入するための「3つの法則」として、耐久する(Endure、何も壊さない)、卓越する(Excel、ビジネスに貢献する)、進化する(Evolve、継続的にプロセスを改善する)という指針が示されています。ある企業では、すでに数ヶ月で10,000体ものAIエージェントが、従業員によって業務改善のために作成・活用され始めているという報告もありました。

特に印象に残ったセッション:AIインフラと知性の最前線

今回のイベントでは、AIの基盤となるインフラストラクチャと、データ主権、そしてAIの知性の進化に関するセッションが特に印象的でした。

1. 主権AI(Sovereign AI)への世界的な動き

主権AIは、今や世界的な懸念事項となっています。これは、各国や企業がデータおよびコンピューティング資源の所在地、AIセキュリティ標準、独自のカスタムモデルのエコシステムを確保したいという要望から来ています。

特に、AIが実際に利用される段階(推論:Inference)が、トレーニング(学習)段階よりも計算作業とエネルギー消費の大部分を占めるようになるため、各国は推論能力を自国内に確保することを「国家規模のインフラストラクチャ問題」として捉えています。

2. 次世代のAIインフラ:LPU (Language Processing Unit)

Sovereign AIインフラ提供を目的とするGroq社は、特に推論(Inference)に特化したカスタムチップ「LPU」(Language Processing Unit)について発表しました。

このLPUベースのアーキテクチャは、推論処理において、既存のGPUベースのシステムと比較して経済効率が著しく高く、さらにエネルギー消費をトークンあたり約5分の1に削減できる という、極めて重要なメリットがあります(講演者:Chris Stephens, Groq社CTO)。

Groq社は、このLPUを活用した推論センターを、EU(ヘルシンキ)、サウジアラビア、カナダなど世界各地に展開しており、主権AIの提供を実践しています。開発者は、OpenAI互換のAPIを通じてGroq Cloudを利用でき、推論サービスを容易に導入できます。

3. 大規模定量モデル(LQM:Large Quantitative Models)による科学の加速

大規模言語モデル(LLM)の限界を超え、真に経済にインパクトを与える技術として、大規模定量モデル(LQM)に焦点が当てられました。

私たちが日常的に使用するLLMは、単語やインターネットのデータに基づいてトレーニングされており、「2+2」の答えを確率的に推測する統計モデルです。そのため、エンターテイメントやカスタマーサポート、マーケティングなどの言語ベースのタスクには非常に有用ですが、物理世界を説明するものではありません。

これに対し、LQMはAIの次の進化形であり、その核心は物理学、化学、生物学の基礎方程式に固定されたAIであり、証明された数学的手法を用いてこれらの「第一原理方程式」から直接生成されたデータでトレーニングされます。

LQMが真価を発揮するのは、製造業、金融サービス、航空宇宙など、経済の中核を担う分野です。例えば、新薬や自動車の設計には、言葉ではなく、化学や物理学の複雑な方程式を解く必要があります。

LQMの具体的なインパクトとして、ノーベル賞受賞者との共同研究事例が紹介されました。LQMを応用することで、6年間の研究期間と10億ドル以上の費用を要するタンパク質のシミュレーション目標のタイムラインを数年単位で短縮できる見込みが示されています。これは、AIが科学とイノベーションを劇的に加速させる可能性を示しています。

まとめ

《World Summit AI Amsterdam 2025》で目の当たりにしたAIの進化のスピードには、改めて深い印象を受けました。AI革命が求める変化は、従来の延長ではなく、構造そのものの転換を迫るものと感じています。
私たちAIシステムのデリバリーを担う立場としても、この急速な変化を的確に捉え続けることが求められます。エージェントAIの業務統合やLQMといった新たな技術の潮流を理解し、活用可能性を探る姿勢を持ち続けることが重要です。
この進化を前向きに取り込み、お客様のビジネス課題の解決に少しでも実践的な価値を提供できるよう、粘り強く取り組んでいきます。


おまけ

アムステルダム国立美術館

アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)は、オランダを代表する美術館で、レンブラントの《夜警》(残念ながら2025年10月時点では修復中、修復部屋はガラス越しに鑑賞可能)やフェルメールの《牛乳を注ぐ女》など、17世紀の黄金時代の名作がずらりと並ぶ人気スポットです。19世紀に建てられたネオ・ゴシック様式の建物も見応えがあり、館内はゆったりした雰囲気でアート好きにはたまらない空間です。この美術館の入口はアーチ状の通路になっていて、自転車がそのまま下を通り抜けられる構造になっていて、特に朝夕は多くの自転車勢が通り抜けます。また、館内にはカフェやミュージアムショップも充実していて、アートを見た後に一息つくのもお勧めです。

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